夕焼けの明かりがそっと部屋に入ってくる。
少年は窓の外をじっと見つめていた。
静かに吹く風が周囲の木々の葉を、彼の心のように揺らす。
「けんた!ご飯だよ!」
優しい声が、少年を現実へと引き戻す。
それは、再婚した実母の温かい呼びかけだった。
けんたは、新しい家族に戸惑いを隠せないでいた。
特に、義父のことは「お父さん」と呼ぶことができずにいた。
血のつながりがない、という意識が、彼の心を硬くさせていた。
義父は、そんなけんたを優しく見守っていた。
無理に呼び方を強いることなく、
ただ静かにそばにいてくれた。
夕食の席では、いつもけんたに話しかけ、
笑顔を向けてくれた。
ある日の夕食後、けんたはいつものように部屋に戻ろうとした。
すると、義父が声をかけた。
「けんた、ちょっと話があるんだ」
戸惑いながらも、けんたはリビングに戻った。
義父は、ソファに座り、静かに語り始めた。
「お父さんは、君が僕をどう呼ぶか、
そんなことはどうでもいいと思っている。
君が僕を家族の一員として受け入れてくれれば、
それで十分なんだ」
義父の言葉は、けんたの心を打った。
今まで、義父はどこかで自分のことを拒んでいると思っていた。
でも、それは自分の思い込みだったのかもしれない。
「でも…」
けんたは、言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。
「僕、まだ…」
「いいんだよ。焦ることはない。
いつか、自然と口に出る日が来るさ」
義父の言葉に、けんたは大きく息を吸い込んだ。
そして、窓の外を見上げながら、静かに呟いた。
「おやじ…」
その小さな声は、部屋中に響き渡った。
義父は、にっこりと笑って、けんたの頭を優しく撫でた。
そして、母は台所で泣いていた。
その日から、けんたは少しずつ心を開いていった。
義父との会話も増え、一緒に過ごす時間も楽しくなった。
そして、いつしか「おやじ」という言葉が、
彼の口から自然と出てくるようになった。
「おやじ!キャッチボールしよう!」
「よし!やるか!」
「ちょっと、ふたりとも。もうすぐご飯よ」
夕焼けの中、再び家族の絆が紡がれていく。