popoのブログ

超短編(ショートショート)

万年筆と共に

茜色の空が、街を柔らかく

包み込むような、あの日の夕暮れ。

私は、大人への階段を

一つ一つ昇っていくような、

そんな感覚に包まれていた。

 

両親から手渡されたのは、

深紅の漆が美しい万年筆だった。

重厚感のあるその姿は、

まるで私の一生を

共に歩むパートナーのよう。

自分では決して選ばないような、

高価で美しい逸品。

その重みに、大人の階段を

上ることの厳粛さを感じた。

 

万年筆を持つ手は、少し震えた。

幼い頃から鉛筆を握っていた私にとって、

万年筆は特別な存在だった。

滑らかな書き心地、インクが紙に滲む音、

そして何より、

一筆一劃に込めた想いが、

鮮やかに紙上に現れる。

それは、まるで自分の心を

映し出す鏡のようだった。

 

大学受験、就職活動、

そして社会人になってからも、

その万年筆はいつも私のそばにあった。

大切な契約書にサインをする時、

友人へのお手紙を書く時、

悩みを書き出す時、

どんな時でも、この万年筆は

私を裏切らなかった。

 

万年筆の重みは、

単なる道具の重みを超えて、

私自身の成長を物語っているように思えた。

社会に出て、様々な経験を積み重ねる中で、

私は少しずつ大人になっていった。

その過程で、喜びもあれば、悲しみもあった。

しかし、どんな時も、

この万年筆は私の心の支えになってくれた。

 

ある日、後輩から

「先輩の字、きれいですね」

と声をかけられた。

私は照れながら、

「この万年筆のおかげかな」と答えた。

後輩は興味津々で万年筆を手に取り、

その美しさに見入っていた。

その姿を見て、私はこの万年筆を大切にしていこう

という気持ちを新たにした。

 

成人式の日の夕暮れを思い出す度に、

私はこの万年筆を手に取る。

それは、単なる筆記具ではなく、私の一部であり、

私の歴史を刻んだ宝物なのだ。

これからも、この万年筆と共に、

新しい章を紡いでいきたい。