popoのブログ

超短編(ショートショート)

一枚のスカーフ

35歳のヒカリは、都会の片隅にある小さなカフェで働いていた。

そして昨年、最愛の母・陽子を病気で亡くし、深い悲しみに暮れていた。

 

陽子が亡くなる数日前、ヒカリに一枚のスカーフをプレゼントした。

鮮やかな黄色のシルクのスカーフ。

「いつもあなたのそばにいるからね」という陽子の言葉とともに。

 

陽子の死後、ヒカリはスカーフを大切に保管していたが、

なかなか身に着けることができなかった。

それは、スカーフを見るたびに、

陽子のことを思い出して悲しくなってしまうからだ。

 

しかし、ある日、ヒカリは思い切って

スカーフを身に着けて街に出かけることにした。

 

一歩、また一歩と、足を進める。

時折吹く風。そして、その度に

ひらひらとスカーフが揺れ、ヒカリの視界に入る。

 

ヒカリは、まるで陽子がそばにいるような

温かい気持ちになることに気づいた。

 

スカーフを身に着けていると、

陽子との楽しい思い出が次々と蘇ってくる。

幼い頃、陽子と一緒に公園で遊んだこと。

高校時代、陽子に手作りの弁当を作ってもらったこと。

就職が決まった時、陽子と二人で喜び合ったこと。

 

「あなたは自分らしく生きていきなさい」

 

ヒカリは、スカーフをきっかけに、

陽子との思い出を振り返り、前向きに生きる力を得ていく。

そして、陽子にもらったたくさんの愛情を胸に、

自分らしく生きていこうとも決意する。

 

ヒカリは、ある日、カフェの常連である

男性客の田中と親しくなる。

きっかけは、陽子の形見であるスカーフだった。

田中はヒカリの亡き母親と同じく黄色が大好きだという。

 

そして、ヒカリをひまわり畑に誘い、二人は徐々に惹かれあう。

 

ある日、カフェで田中にプロポーズされるヒカリ。

「お母さんの形見のスカーフのように、ヒカリの心の拠り所になりたい」と。

ヒカリは涙ながらに首を縦に振った。

 

ヒカリは、今日も陽子のスカーフを身に着け街に出る。

 

「いってきます!」

 

その言葉は、田中に向けられた言葉。

そして同時に、陽子に向けられた言葉でもあった。

 

ごく普通だったカフェの女性。

彼女は、一枚のスカーフと共に、

新たな人生を歩み始めた。