popoのブログ

超短編(ショートショート)

パンづくり

朝の陽が窓辺を優しく照らす、土曜日の朝。

静岡の穏やかな住宅街に住む一家では、

いつもの週末よりも少しだけ賑やかな空気が流れていた。

小学三年生の娘、葵(あおい)が、

エプロン姿で期待に胸を膨らませている。

今日は家族みんなで、特別なパンを作る日なのだ。

 

父は、大きなボウルを抱え、優しく葵に語りかけた。

「今日はどんなパンにしようか?」

 

葵は目を輝かせ、

「うーん、やっぱりママの作る、ふっくら甘いメロンパン!」と答えた。

 

母は、台所で手際よく材料を計量しながら微笑んだ。

「いいわよ、葵。一緒に美味しいパンを作りましょう。」

 

一家のパン作りは、単なる料理の域を超えた、

家族の絆を深める大切な時間だった。

 

父親が力強く生地をこね、母親が丁寧に成形する。

葵は、時折小麦粉を顔につけながらも、

真剣な眼差しで二人を見守り、

時には小さな手で生地をちょっぴりつまんで、

怒られるのがお決まりだった。

 

今日のメロンパン作りも、

和やかな雰囲気の中で進んでいった。

葵は、クッキー生地を丸めるのが

少し苦手で、いびつな形になってしまう。

それを見た父親は、優しく手を添えて、丸めるコツを教えた。

「大丈夫だよ、葵。少しずつ、ゆっくりとね。」

 

母親は、焼き上がったパンに、

葵と一緒に丁寧に網目模様を描いていく。

その小さな指先から生まれる模様は、

一つひとつが少しずつ違っていて、

どれも温かい愛情が込められているようだった。

 

パンがオーブンの中で膨らみ始めると、

家中に甘く香ばしい匂いが広がった。

葵は、オーブンのガラス窓に張り付いて、

パンが色づいていく様子をじっと見つめている。

その瞳は、まるで小さな科学者のように、

好奇心と期待に満ちていた。

 

やがて、こんがりと焼き色のついたメロンパンが、

オーブンから取り出された。

その湯気とともに立ち上る甘い香りは、

家族の心を優しく包み込むようだった。

 

「わー、美味しそう!」

葵は、待ちきれない様子で歓声を上げた。

 

父親は、熱々のメロンパンを

そっと手に取り、葵に差し出した。

「ほら、葵の作ったパンだよ。」

 

葵は、少し焦げ付いたクッキー生地の、

いびつな形のメロンパンを両手で大切に受け取った。

それは、完璧な形ではないけれど、

世界でたった一つの、葵にとっては何よりも特別なパンだった。

 

家族三人で、焼きたてのメロンパンを頬張る。

外はサクサク、中はふっくらとした食感と、

優しい甘さが口いっぱいに広がる。

何よりも美味しいのは、このパンに込められた、

家族の温かい気持ちだった。

 

葵は、自分の作った少し焦げ付いた部分を

誇らしげに見つめながら、言った。

「私、もっと上手に作れるようになる!」

 

母親は、葵の頭を優しく撫でながら微笑んだ。

「大丈夫よ、葵ならきっとできるわ。大切なのは、一緒に作るこの時間なのよ。」

 

父親も頷いた。

「そうだ。こうして家族みんなで一つのものを作り上げる喜びは、何にも代えられない宝物だ。」

 

午後の日差しが傾き始める頃、

食卓には、少し形は不揃いだけれど、

愛情たっぷりのメロンパンが並んでいた。

その一つひとつには、家族の笑顔と、温かい会話、

そして何よりも深い愛情が詰まっている。

 

一家にとって、週末のパン作りは、

美味しいパンを作るだけでなく、

家族の絆を確かめ合い、心豊かな時間を共有する、

かけがえのない魔法の時間だった。

そして、葵がいつか大人になった時、

この日の温かい記憶は、きっと彼女の心を

優しく照らし続けるだろう。

 

家族で一緒に作った、

世界で一番美味しいメロンパンの味とともに。