春の陽光がまぶしい午後、小学三年生の拓海は、
いつものように近所の公園の砂場で一人、黙々と砂の山を築いていた。
小さな手は泥にまみれ、額には汗が滲んでいる。
その彼の目は、砂の城壁ではなく、
頭上を通り過ぎるヘリコプターに向けられていた。
轟音と共に現れる機体は、青い空を切り裂き、一瞬で遠ざかっていく。
拓海はその度に作業の手を止め、首を長く伸ばして見送った。
銀色の機体が太陽の光を反射し、キラキラと輝く様子は、
まるで空を舞う一匹の大きな鳥のようだった。
拓海にとって、ヘリコプターは特別な存在だった。
それは、図鑑の中でしか見たことのない遠い世界の乗り物ではなく、
確かにこの空の下を飛んでいる。
パイロットはどんな景色を見ているのだろう?
どこへ向かっているのだろう?
想像力を羽ばたかせると、
拓海の心はヘリコプターと共に空高く舞い上がった。
砂場の隅には、使い古されたノートと鉛筆が置かれている。
ヘリコプターが飛び去ると、拓海は再び砂に向き合いながらも、
頭の中では空の冒険が繰り広げられていた。
ノートを開き、鉛筆を走らせる。
最初は単純なヘリコプターの絵だったものが、
次第に翼の形を変え、窓が増え、
見たこともないような奇妙な機械へと進化していく。
今日のノートには、巨大なプロペラをいくつも持つ、
空飛ぶ秘密基地のようなヘリコプターが描かれていた。
操縦席には、ヘルメットを被った小さな自分が誇らしげに座っている。
雲の上には、笑顔の友達が手を振っている。
拓海は内気な少年だった。
クラスではいつも隅っこにいて、話すのは苦手だった。
でも、空を見上げている時、ヘリコプターを想像している時だけは、
胸の奥から湧き上がる熱い気持ちを感じることができた。
それは、言葉にできない憧れ、まだ見ぬ世界への強い好奇心だった。
夕焼けが空をオレンジ色に染め始める頃、
拓海は砂の城を壊し、ノートを抱えて家路についた。
今日の空にも、ヘリコプターの姿はもうない。
それでも、彼の心の中には、
確かにあの銀色の機体が残した輝きが宿っていた。
布団の中で、拓海は今日見たヘリコプターのことを思い出す。
プロペラの回転する音、機体の振動、そしてどこまでも広がる青い空。
いつか、自分もあの場所に座って、この街を見下ろしてみたい。
風を感じ、雲を追いかけ、まだ誰も知らない場所へ飛び立ってみたい。
眠りにつく直前、拓海は心の中でそっと呟いた。
「きっと、いつか…」
それは、小さな胸に抱かれた、大きく壮大な夢の始まりだった。
空を見上げる少年の瞳は、
明日もまた、希望に満ちた光を宿しているだろう。