皐月賞を制し、無敗の二冠馬として、
僕は東京競馬場の緑のターフに足を踏み入れた。
観客席を埋め尽くす人々の熱気が、
地を伝わって僕の蹄を震わせる。
ざわめきは、まるで遠雷のようだ。
パドックを歩む僕の耳には、騎手の優しい声が届く。
「落ち着いていこうな、相棒」
彼の言葉は、いつも僕の心を穏やかにしてくれる。
けれど、今日はいつもと違う。
僕の胸の奥には、静かなる興奮と、ほんの少しの不安が渦巻いている。
ゲート入りを待つ間、僕は故郷の牧場の風景を思い描いていた。
広大な大地を駆け抜けた幼い日の記憶。
共に過ごした仲間たちのいななき。
優しい母の温もり。それらは、僕の力の源だ。
ゲートが開いた。
けたたましい音と共に、僕の体は前へと弾け飛ぶ。
風を切る感触、蹄が大地を蹴る力強い響き。
僕を取り囲むライバルたちの息遣い。
僕は、ただひたすらに前だけを見つめる。
最初のコーナーを回り、僕は中団につけた。
騎手の指示が、手綱を通して僕に伝わる。
焦るな、まだ我慢だ、と。
僕は彼の言葉を信じ、呼吸を整える。
向こう正面に入り、ペースが上がった。
ライバルたちが、じりじりと僕との距離を詰めてくる。
僕は、内に秘めた闘志を燃え上がらせた。
「ここで負けるわけにはいかない」
最後の直線。
観客の歓声が、一段と大きくなる。
僕の全身の筋肉が、悲鳴を上げる。
それでも、僕は止まれない。
騎手の激しい鞭に応え、僕は懸命に脚を伸ばす。
僕の視界には、ゴール板が迫ってくる。
隣の馬が、最後の追い込みを見せる。
けれど、僕は譲れない。
これまで積み重ねてきた全てを、この一瞬にかけるんだ。
死力を尽くした末、僕は・・・
ほんのわずかの差で先頭でゴールを駆け抜けた。
歓声が、地鳴りのように僕を包み込む。
人々の熱い視線が、僕に注がれる。
僕は、やり遂げたんだ。
国内最大のダービーを制覇したんだ。
厩舎に戻り、夕日の下、僕は静かに佇んでいる。
激しいレースの余韻が、まだ僕の体に残っている。
けれど、胸には満ち足りた思いが広がっている。
僕は、ただの一頭の競走馬だ。
けれど、今日、僕は多くの人々の
夢を乗せて、この緑のターフを駆け抜けた。
その誇りを胸に、僕はこれからも走り続ける。