春の陽光が優しく降り注ぐ四月。
小さなカフェで働く梓は、
いつものように笑顔でコーヒーを淹れていた。
明るくテキパキと働く彼女の周りには、
いつも穏やかな空気が流れている。
しかし、彼女には誰にも言えない秘密があった。
「梓さん、いつものカフェラテ、お願いします」
常連客の声に、梓は「はい、喜んで!」と応える。
その笑顔に陰りはない。
彼女の余命は、あとわずか一ヶ月。
宣告された日から、彼女は残された時間を大切に、
精一杯生きようと心に決めていた。
ある日、カフェに一人の男性客が訪れた。
物静かで優しい雰囲気を持つ彼は、
毎日同じ時間に現れては、窓際の席で本を読んでいる。
彼の名前は晴斗。
梓は、控えめながらも温かい眼差しを向ける彼に、
だんだんと心惹かれていった。
晴斗もまた、梓の明るさと優しさに惹かれていた。
他愛ない会話を交わすうちに、二人の距離は徐々に縮まっていく。
一緒に近所の公園を散歩したり、
夜景の見える丘へドライブに行ったり。
かけがえのない時間を重ねる中で、二人は互いを意識し始めていた。
しかし、梓は自分の病のことを晴斗に打ち明けられずにいた。
「知ったら、彼はどう思うだろうか。残された短い時間を、彼を悲しませることで終わりたくない」。そう思うと、言葉が喉に詰まってしまう。
四月も終わりに近づいたある日、
晴斗は梓に真剣な眼差しを向けた。
「梓さん、初めて会った時から、あなたの笑顔に惹かれていました。もしよかったら、僕と…」
言葉を続ける晴斗の目を、梓は潤んだ瞳で見つめ返した。
「あの…実は、私…」
意を決して自分の病のことを打ち明けようとした…
その時、突然、梓は激しい痛みに襲われた。
立っているのがやっとで、その場に崩れ落ちそうになる。
「梓さん!」
晴斗は慌てて梓を支え、心配そうに顔を覗き込んだ。
蒼白になった梓の顔を見て、彼は全てを悟ったのかもしれない。
病院での検査の結果、梓の病状は急速に悪化していることがわかった。
晴斗は そっと寄り添っていた。
何も言わずに、ただ梓の手を握り、温かい眼差しを注ぐ。
彼の側にいると、梓は不思議と心が安らいだ。
「ごめんね。晴斗さん。やっと、あなたの気持ちに…」
消え入りそうな声で謝る梓に、晴斗は優しく首を横に振った。
「謝らないで。僕にとって、梓さんと過ごした時間は、何よりも大切な宝物だから」
そして、四月二十九日。
病室の窓から、柔らかな春の光が差し込む中、
晴斗は白い花束を梓に手渡した。
それは、二人が初めて一緒に訪れた公園に咲いていた、
純白のデイジーの花束だった。
「この花のように、梓さんはいつも僕の心の中で輝いています」
晴斗の言葉に、梓の瞳からひと粒の涙がこぼれた。
微笑みを浮かべ、彼女はゆっくりと花束を受け取った。
穏やかな時が流れる中、
梓は晴斗の温もりに包まれながら、静かに息を引き取った。
晴斗は、梓と出会えたこと、
共に過ごした短いけれどかけがえのない日々に感謝しながら、
デイジーの花束をそっと抱きしめた。
梓の笑顔は、彼の心の中で永遠に咲き続けるだろう。