それは、湯気が立ち上る温かいうどんの香りが漂う、
近所の小さなうどん屋さんでのこと。
カウンターの隅のいつもの席に、僕は座っていた。
背中が少し丸まったおばあちゃんはゆっくりと、
厨房から向かって優しく僕に声をかけた。
「おまたせしました。」
「この間、庭でね、ちょっとだけ良いナスが採れたんだ。もしよかったら、お味見にでも。」
そう言って、おばあちゃんは小さな小鉢をカウンターに置いた。
中には、つやつやと紫色に輝く、小さく切られた揚げナスが、
ほんの少しだけ入っていた。
僕は、少し驚いた顔をして、でもすぐににっこりと笑った。
「ありがとうございます。おばあちゃんの畑のナスは美味しいんですよね。いただきます。」
おばあちゃんは、少し照れたように目を細めた。
「いえいえ、ほんの気持ちですから。いつも来てくれるお礼ですよ。」
僕は、その小鉢を大切そうに受け取ると、
「おばあちゃんのお気持ち、ちょうだいしますね。」と言った。
おばあちゃんは、その言葉を聞いて、
ふっと安心したような、優しい笑顔を見せた。
僕はゆっくりと箸を取り、うどんの湯気をすすりながら、
どこか満足そうな表情を浮かべ、ナスを頬張る。
それは、ただのナスのおすそ分けではありません。
長年この町に住み、このうどん屋さんを
愛してきたおばあちゃんの、日頃の感謝の気持ち。
言葉にするのは少し照れくさいけれど、
美味しいものを少しでも分かち合いたいという、
温かい心遣いのかたち。
僕もまた、その気持ちをしっかりと受け止め、
今日もまた、この小さなうどん屋さんには、
ささやかな温かさが広がっていくのです。