popoのブログ

超短編(ショートショート)

カクテルの味

薄暗い照明が心地よい、とあるBARのカウンター席。

仕事の疲れを癒やしたくて、私は一人静かにグラスを傾けていた。

いつものようにウイスキーを頼むつもりだったけれど、

ふと目に留まったメニューに「季節のカクテル」の文字。

何かに導かれるように、それを注文してみた。

 

マスターは寡黙な職人のように、手際よくシェイカーを振る。

カラカラっという音が店内に響き渡る。

 

グラスに注がれたカクテルは、淡いピンク色に輝き、

まるで夜明けの空のようだった。

添えられたのは、見たこともない小さな花と、瑞々しい赤い果実。

 

一口飲んで、私は息を呑んだ。

 

それは、今まで味わったことのない味だった。

口にした瞬間、広がるのは、甘酸っぱく華やかな香り。

次に、舌の上で優しく溶けていく、幾重にも重なった複雑な味わい。

それは、今まで知らなかった果実の蜜のような甘さと、ほのかな酸味、

そして隠し味のスパイシーさが絶妙なバランスで調和していた。

 

喉を通る時の、優しく、そしてどこか切ない余韻。

 

日頃の仕事のストレス。人間関係。人生の厳しさ。

思い詰めていた私は、このカクテルに導かれたのかもしれない。

間違いなく、そのカクテルは、

疲れた体と心にじんわりと染み渡り、

張り詰めていたものをゆっくりと解きほぐしてくれた。

 

「いかがですか?」

 

マスターが静かに声をかけてきた。

 

「…言葉が見つかりません。こんなカクテル、初めてです」

 

私の率直な言葉に、マスターはほんの少しだけ微笑んだ。

 

「ありがとうございます。今日仕入れた、特別な果物を使いました。」

 

その一杯のカクテルは、単なる飲み物ではなかった。

それは、疲れた私の心にそっと寄り添い、

新しい感情を呼び起こすものだった。

今まで気づかなかった味覚の扉を開き、世界にはまだ、

こんなにも美しいものが存在するのかと、改めて教えてくれた。

 

BARを出て、夜の街を歩く。

心はさっきまでとは違い、ほんの少し軽やかになっていた。

あのカクテルの味と、マスターの優しい眼差しは、

今からの私をきっと励ましてくれるだろう。

 

カクテルの味。

 

それは…

 

まだ知らない自分に出会うための扉を開ける鍵

 

なのかもしれない。