あたたかい風が心地よい金曜日の午後、
ぼくは少し不満げに母親を見上げた。
「ママ、なんで僕たちだけごみ拾いしなきゃいけないの?」
母親はにこやかに、でもきっぱりと答えた。
「この町は私たちが暮らしている場所でしょう? きれいにするのは、みんなが気持ちよく過ごすためよ。」
ぼくの住む桜町は、
かつては桜並木が美しいことで知られていたが、
近年は心ないポイ捨てが増え、町のあちこちに
ごみが目立つようになっていた。
母親はそんな状況を憂い、
毎週末、ぼくを誘って二人でごみ拾いをしていたのだ。
最初は嫌々だったぼくも、
ごみ袋がいっぱいになるにつれて、
少しずつ変化していった。
ある日、ぼくは壊れたおもちゃの飛行機を見つけた。
「これ、誰かが落としちゃったのかな…」
そのつぶやきを聞いた母親は、ぼくの頭をそっと撫でた。
「そうね。きっと大切にしていたものだったかもしれないわね。」
ぼくは、その飛行機を丁寧に拾い上げ、ごみ袋に入れた。
その小さな手が、どこか誇らしげに見えた。
ごみ拾いを続けていると、町の人々も声をかけてくるようになった。
「いつもありがとうね、えらいね!」
「助かるよ、本当に感謝してるよ!」
最初は「ごみ拾いのお手伝い」だった活動が、
いつしか「町をきれいにする活動」へと変わっていった。
ある日、桜並木の下で
ごみ拾いをしていたぼくたちのもとに、
一人の老婦人が近づいてきた。
「あなたたちのおかげで、この桜並木がまたきれいになったわ。昔はね、ここに座ってお弁当を食べるのが最高の楽しみだったのよ。」
老婦人の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
ぼくは、その言葉に胸が熱くなるのを感じた。
その日の夜、ぼくは母親に言った。
「ママ、僕、ごみ拾い、好きになったよ。」
母親は驚いてぼくを見た。
「この町がきれいになるの、嬉しいんだ。」
ぼくの言葉に、母親の目からも一筋の涙がこぼれた。
それからというもの、
ぼくは率先してごみ拾いをするようになった。
週末が来るのが楽しみになり、
友達にもごみ拾いの大切さを話すようになった。
桜町は、少しずつ、でも確実に、
以前の輝きを取り戻していった。
町の人々も、ぼくと母親の姿を見て、
小さなことでも自分たちにできることを始めようと動き出した。
ぼくと母親のごみ拾いは、
ただごみを拾うだけの行為ではなかった。
それは、町への愛情を育み、人々を巻き込み、
そして何よりも、親子の絆を深める尊い時間となったのだ。
桜町は、小さな手と大きな背中が協力して作り上げた、
優しさと希望に満ちた町へと生まれ変わっていった