長年吸い続けたタバコ。
それは俺にとって、まるで人生の伴侶のようだった。
嬉しい時も、悲しい時も、指の間に挟んだ一本が
俺の心を落ち着かせ、
時には思考の迷路を照らす役割を果たしていた。
健康への漠然とした不安はあったものの、
「いつかやめよう」という曖牲な約束を自分自身と交わし、
その「いつか」は永遠に訪れないかのように思われた。
あの日、小学校に入学したばかりの娘が、
俺の顔をじっと見上げ、その小さな口から出た言葉は、
俺の心の奥底に深く、深く突き刺さった。
「パパ、タバコ臭い。いやだ。」
その瞬間、俺は初めて、
娘の純粋で曇りのない瞳を通して、自分がどれほど醜く、
そして無責任な存在だったのかを突きつけられた気がした。
俺が安らぎを感じていたはずのタバコの煙は、
愛しい娘にとっては不快で、忌み嫌うべきものだったのだ。
そして、俺が自身の体を蝕む姿は、娘の笑顔を曇らせ、
その心に深い悲しみを刻むかもしれない。
その気づきは、俺の胸を締め付け、
呼吸すら困難にするほどの痛みとなって襲いかかった。
それまでの「いつかやめよう」という言葉は、
偽りの、そして空虚な響きを持っていた。
しかし、娘の言葉は、俺にとって
揺るぎない、絶対的な禁煙の理由を与えてくれた。
娘の成長を、その人生の全てを、この目で見届けたい。
娘の無邪気な笑顔を、いつまでも近くで感じ、守り続けたい。
そのためには、まず俺自身が健康でなければならない。
その思いが、俺の心臓の鼓動と同調するように、力強く響き渡った。
禁煙への道は、決して平坦なものではなかった。
ニコチンの禁断症状が俺の精神を苛み、
幾度となく誘惑が俺の意思を揺さぶった。
しかし、その度に俺は、
あの日の娘の言葉を思い出した。
娘の「いやだ」という言葉は、
俺の禁煙の決意を鋼のように固くし、
どんな誘惑にも屈しない強靭な盾となってくれた。
そして、何よりも俺を奮い立たせたのは、
ある日の朝、娘が僕の胸に飛び込み、無邪気に発した
「パパ、今日タバコの匂いしないね!」
という、天使のような一言だった。
その言葉は、俺の心に温かい光を灯し、
これまでの苦労が報われたと確信させてくれた。
タバコをやめてから、俺の五感は研ぎ澄まされた。
食事がこれまでになく美味しく感じられ、
朝の空気は清々しく、娘と過ごす時間は、
以前にも増して輝きを増した。
娘のたった一言が、
俺の人生の航路を大きく変えてくれた。
娘への限りない愛情が、
俺を長年のタバコの呪縛から解放し、
本当の自由を与えてくれたのだ。
今、俺は心から娘に感謝している。
そして、この禁煙への決意が、
俺自身の、そして家族の未来を、
より明るく、より豊かなものにしてくれる
と、深く信じている。