小さなアパートの一室。
テーブルの上には食べかけのカレーライスと、
男が顔をうずめている茶碗がある。
男は深呼吸をして、顔を上げる。
…また、食べ過ぎた。
どうしたの? 美味しかったんじゃないの?
うん、美味しいんだ。
子供の頃から大好きでさ。
父の作るカレーの味が忘れられない。
何か思い出したの?
あの頃、いつも夕食はカレーだった。
家族みんなで囲んで、おしゃべりしながら食べたね。
幸せな時間だったんだね。
うん。でも、今はもう誰もいない。
父も母も、兄も。
・・・辛いね。
一人暮らしを始めて、自分でカレーを作るときもあるけど、
どうしてもあの味にはならない。
それはそうだね。
だから、たまにこうしてカレーを食べると、
色んなことを思い出してしまう。
いい思い出も、辛い思い出も?
全部。子供の頃の無邪気な喜び、家族との楽しい時間、
そして…家族との別れ。
別れは誰にでも訪れるものだけど、やっぱり辛いよね。
うん。でも、あの頃の自分は、もっと強くなりたいって願ってた。
どうして?
父の会社は倒産した。
幼い頃はホテルにご飯を食べに行くこともあった。
でも次第に回数が減り、ある日からピタリとなくなった。
どうして?
さっきも言っただろ。父の会社は倒産した。
食事すらままならない。
それでも父はカレーを作ってくれた。
頂きものの野菜だけ入れてね。
その時、君はどんな思いだったの?
こんな思いにさせたくないって。
もっと力になってあげたかった。
でも出来なかった。
……
俺が就職してすぐ、家族はいなくなった
そういやあ。初任給で牛肉入りのカレーを作ったなあ。
今日のようなカレーだったなあ。
あの頃の思いはどんなだったかな?
それは、君にしか答えられない質問だよ。
そうか。
でも、君は今、過去の自分と向き合おうとしている。
それはとても勇気のいることだよ。
ありがとう。
カレーのスパイシーな香りが、心の奥底まで届くような気がする。
温かいものが、心を温めてくれるんだね。
うん。そうだな。
ごちそうさまでした。
静かに流れる時間の中で、男の心の傷が少し癒されていくように感じた。