昔、この崖からは何人もの人が飛び降りたらしい。
ある殺人鬼がこの先にある旅館に現れた。
ちょうど時間は0時に差し掛かる頃だったという。
悲鳴と混乱に包まれる旅館。
殺人鬼は次々と近くにいる者から斧で襲ったようだ。
殺人鬼はまず露天風呂に現れた。入浴中の男性2人を殺害し、次に201号室に向かった。
そして就寝中だった老夫婦を襲った。部屋を出ると、その物音に駆け付けた従業員を襲い、悲鳴によって、みんなが次々と廊下に出てきた。
殺人鬼は目の前に現れた男性を襲い、皆は慌てて逃げ出した。
逃げ遅れた子供を抱えた女性を襲い、旅館の支配人を襲った。
旅館を出てまっすぐ走るとこの崖に着く。
慌てて逃げ出したほとんどの人が、この崖にたどり着いたという。
引き返そうとしたときには、目の前まで殺人鬼が来ていた。
そして逃げ場を失った人たちは、この崖から飛び降りた。
その後、旅館は廃館。犯人はまだ捕まっていない。
もうすぐその事件から、ちょうど10年。
崖から飛び降りて命を絶った人たちの家族が集まり祈りが捧げられる。
車が一台。また一台と訪れる。
花束を持った人。お酒を持った人。線香を持った人。多くの人が集まった。
皆が崖の先端に設けられた慰霊碑にそれらを捧げた。
そして時計は0時になるところだった。
ところで殺人鬼は、なぜそのような事件を起こしたのか。
当時、殺人鬼の祖母が詐欺にあってしまった。
詐欺の犯人は孫の名前を語り、預金をすべて奪い、保険まで解約させてすべて奪った。
祖母は騙されたと気付いた時、申し訳なさからか自ら命を絶った。
孫にあたる男性は、魂を抜かれたように祖母の遺体の前で呆然と立ち尽くした。
涙も出ない。気力も湧かない。なぜこうなったのか。
きっとどこかで詐欺の犯人たちは酒でも飲んでいるのだろうか。
きっとどこかで詐欺の犯人たちは女でも抱いているのだろうか。
次第に激しい怒りがこみ上げる。次第に激しい喪失感に追いやられる。
人生どうでもよくなった。ただこの苦しみを、ぶつける先が近くの旅館だった。
時計を見ると0時になった。
みんなが黙祷する。涙を流している人もいる。
何で俺が犯人に詳しいかって?
わかるよなあ。
さあみんな悲劇を分かち合おう。