店内は、木製のカウンターとテーブルが柔らかな光に包まれていた。
窓の外には、雨上がりの街並みが緑色に輝いている。
そんな喫茶「時雨」に、一人の女性客が静かに足を運んだ。
店主は、カウンター越しに客を見やる。
女性客が注文したのは、いつものブレンドコーヒーだ。
店主は、丁寧にハンドドリップでコーヒーを淹れ始める。
「お待たせしました。どうぞ」
温かいコーヒーを差し出す店主の手には、
ふっくらと温かいおしぼりが添えられていた。
それは、店の奥にある小さな部屋で、
店主が一つ一つ丁寧に折ったものだ。
「このおしぼり、いつもありがとうございます」
女性客が微笑む。
店主は、その笑顔に報いるように、再び微笑み返す。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。心ばかりの気持ちです」
店主がおしぼりを渡すとき、
そこには、ただのおしぼり以上のものが込められている。
それは、感謝の気持ち、そして、この店で過ごすひとときが、
少しでも安らぎになるようにとの願いだ。
店主がおしぼりを折るようになったのは、
ある出来事がきっかけだった。
昔、常連客だった老人が、店を出る際に
「この店のコーヒーは、心の栄養になる」と告げたことがあった。
その言葉は、店主の心に深く刻み込まれた。
「コーヒーだけでなく、何か他にできることはないか」
そう考えた店主は、店に来る人に、
少しでも温もりを感じてもらいたいと、おしぼりを折ることを始めた。
最初はぎこちなかった手つきも、今では見事なまでに美しく、
一枚一枚に心を込めて折ることができる。
店に来る人たちは、そのおしぼりを手に取るたびに、
店主の温かい気持ちが伝わってくるようだ。
店主は、今日もまた、カウンター越しに店を見渡す。
一人ひとりの客が、この店で過ごす時間を
大切にしているように感じて、心が満たされる。
「また来てくださいね」
店主の優しい声が、静かな店内に響き渡る。
コーヒーの香りが漂う中、女性客は、
温かいおしぼりを手に、窓の外の風景を眺めている。
この瞬間、彼女は、ただの一枚のおしぼりに、
たくさんの物語が詰まっていることに気づいた。
店主のように、何気ない日常の中に、心を込めることができる。
それは、きっと、誰かの心に温もりを灯す小さな光になるのだろう。
雨上がりの街並みが、ますます輝いて見えた。