東京の雑踏の中、古びたタクシーが停まった。
運転席には、人懐っこい笑みを浮かべる老練な運転手、松田が座っている。
「どこまで行きましょうか?」
後部座席から現れたのは、見慣れない服装の女性だった。
「うわさを聞いたんです」
「なんですか?」
「えっと…、昔に行けますか?」
松田は軽く微笑んだ。
「タイムスリップ? まあ、目的地がはっきりしていれば、どこへでもお連れできますよ」
女性は少し照れながら、「明治時代の日本橋に行ってみたいです」と告げた。
松田は、ハンドルを握った。
車は、夜の街を滑るように走り出し、
次第に風景が変わっていく。
ネオンサインは消え、
馬車が行き交う光景に変わっていく。
「着きましたよ」
松田の声に、女性は窓の外の
見慣れない景色に目を輝かせた。
「わあ、すごい!」
二人は、明治時代の東京を散策する。
女性は、当時の建物や人々の様子に心を躍らせ、松田は若き日の東京を懐かしむ。
「あの頃はまだ、タクシーなんてなかったんですよ」
松田は、若かり頃の話を始めた。
人力車夫として働いていた頃の話、
そして、自動車が普及し、
タクシー運転手になった時のこと。
「でも、どんな時代でも、人々の願いを乗せて走る仕事は、変わらないものですね」
松田の言葉に、女性は深く頷いた。
夜が更け、再び現代に戻ってきた。
「ありがとうございました。本当に楽しい時間を過ごせました」
女性は、感謝の気持ちを込めて松田に微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございました。また、どこかへお連れしたいですね」
松田は、物言わぬ客との
一期一会を大切にしている。
翌日、松田はいつものように
ハンドルを握っていた。
助手席には、昨日出会った女性からもらった、明治時代の古いコインが置かれていた。
「また、どこかの時代に行けるといいな」
松田は、コインを握りしめ、
今日もまた、誰かの物語を乗せて走り出す。