popoのブログ

超短編(ショートショート)

孤独な刑事

刑事は、雨に煙る街を見下ろしていた。

窓ガラスに映る自分の顔が、まるで他人に見えた。

相棒は、半年前に殉職。

残されたのは、病床の妻だけだ。

 

妻の病名は、進行性の脳腫瘍。

余命はわずかと宣告されていた。

医師からは、もう自宅で静かに過ごして欲しい

そう言われたが、刑事は諦めなかった。

妻と二人だけの、最後の旅に出ることを決意したのだ。

 

「遅くなってすまない。行こう。ずっと行きたかったあの島へ。」

 

妻は、かすれた声で笑った。「あなた仕事は?」

 

「仕事なんか、もういい。君といる時間が一番大切なんだ。」

 

刑事は、職務を放棄し、

妻を連れてこっそりと家を出て行った。

かつての相棒が殉職した最後の事件の資料を携えて。

相棒は、生前、この事件に深い闇を感じていた。

そしてあと一歩のところで…。

その後もこの事件の犯人は捕まっていない。

刑事は、彼の遺志を継ぎ、犯人を捕まえたいと思っていた。

 

二人は、小さな島へたどり着いた。

静かな海と白い砂浜。

妻は、病床を離れて初めて、穏やかな表情を見せた。

刑事は、妻のために、島で小さな家を借りた。

二人は、毎日、ゆっくりと時間を過ごした。

 

しかし、妻の容態は日に日に悪化していった。

ある夜、妻は、刑事にこう言った。

「ありがとう。あなたと過ごした時間は、私にとって宝物よ。」

 

「俺こそ、君に感謝している。」

 

「君がいてくれたから、俺は生きてこられた。」

 

刑事は、妻の手を握りしめ、涙を流した。

 

そして、その夜、妻は静かに息を引き取った。

刑事は、一人、妻の傍らにうずくまった。

 

翌日、刑事は、相棒の事件の資料を広げた。

犯人の手がかりを見つけようとしたが、

どうしても気持ちが乗らない。

相棒を亡くし、妻がいなくなった今、

事件の犯人など、どうでもいいことのように思えた。

 

刑事は、島を後にし、再び街に戻った。

かつての部署に戻り、職務に復帰した。

しかし、刑事の心は、もうそこにはなかった。

 

毎晩、刑事は夢を見る。

相棒と二人、一緒に食事をしている夢。

妻と二人、手を繋ぎ笑っている夢。

 

そんな中、犯人の居所がわかったと連絡が入る。

刑事は雨の降る夜に現場へ向かう。

 

駆け付けた時には、

犯人との銃撃戦が繰り広げられていた。

バン!バンッ!バン!

深夜に鳴り響く音。

刑事の体はその場に居ながらも、

心はその場にいないような状態だった。

 

もうどうでもいい。

なんだっていい。

早く終わってくれ。

 

次々と撃たれてしまう同僚たち。

ひとり。またひとり。とその場に倒れる。

 

そして刑事はそっと拳銃をかまえた。

幸か不幸か刑事の存在は犯人の死角になっていた。

 

そして数秒後に犯人は倒れた。

雨の中、刑事はそっと近づき、

倒れた体に弾が尽きるまで銃弾を撃ち込んだ。

 

数日後、刑事は、妻の墓を訪れた。

墓の前で、刑事は静かに語りかけた。

 

「俺は、君を忘れない。ずっと、君の傍にいるよ。」

 

夕陽が、墓標を照らしていた。

そして刑事は、静かに目を閉じた。

 

バンッ!