「あ、あの。この商品。こ、この商品ですが・・・」
「資料おいといて。時間ないから。もういいよ。」
吉田はあがり症で、営業の成績は全くと言っていいほどダメだった。
「おい吉田。もうそろそろ結果でないと。」
「言いたいことわかるよな。」
「あ。あ、はい。」
吉田にとっては、初めての営業だった。
なぜ不向きな営業をしているのか。
それは、吉田はこの商品を愛して止まないヘビーユーザーだった。
もっとみんなにも知ってもらいたい。
もっとみんなに使ってもらいたい。
その気持ちが彼を営業に志願させた。
とは言え、もう8か月。結果を出せずにいた。
その日は販促会議だった。
「先輩!データが消えてしまって。」
「何やってるんだ!バックアップは?」
「すみません。とってません。」
営業トップの川村は今日の会議の主役だった。
本社からは役員が川村の企画を聞きに集まる。
「誰か代わりに出来ないか!?」
そう言うも、今日は川村だけの企画提案だったのだ。
用意があるはずもなかった。
「部長。役員の方たちがみえました。」
社内は深いため息と暗い雰囲気にのみ込まれていた。
そして会議は始まってしまった。
「すみませんでした!」そう言いかけた時だった。
準備されたモニターに資料が映し出される。
それはみんなの注意を引くには充分すぎるものだった。
(誰だ?)部長が目をやると、
そこでは事務の水野が操作をしている。
「あ。あの。これは。この・・・」
そして部屋の隅には吉田が立っていた。
続けて水野は言う。
「吉田くん。落ち着いて。深呼吸。」
「あなたがこの商品を知ってもらいという気持ちだけをゆっくり話して。」
吉田は大きく深呼吸をして、誰かに向けてではなく、
ゆっくりと話し始めた。
商品の魅力。今まだ行き届いていない人たち。
商品の強み。知ってもらうには何が必要か。
吉田は起きてから寝るまで、この商品が好きすぎて
あらゆる妄想をしていた。
子供が使ったら。学生が使ったら。
主婦が使ったら。高齢者が使ったら。
その日々の妄想をまとめたもの。
それがこの資料だった。
パチパチパチ!!「最高じゃないか。」
「君みたいな社員がいることを誇りに思うよ。」
彼にとって、この日、この時間は
忘れられないものになった。