俺は田舎のごく普通の家に生まれた。
俺が中学生の時、
「早く働いて楽させてね」
母は笑いながら言った。
高校生になると俺は部活に入った。
毎日遅くまで打ち込んだ。
家に帰ると、僅かなおかずだが、
毎日必ず食事が待っていた。
同級生の何人かが家を出て大学に進学するという。
すると俺も一緒に行きたい。そう思うようになった。
親に頭を下げた。
父は終始怒っていた。
母はずっと黙っていた。
そんな父の反対を押し通すかのように
「合格した」と母に告げ、入学に合わせて家を出た。
父はそれからも「早く働け!」と言い続けた。
ある日「彼女ができた」そう伝えると、
母は「早く連れて帰ってきて」と言う。
父は「遊んでんじゃねえ。早く帰ってこい」と言う。
俺はその後、就職をした。
父も母も「少しはお金を入れなさい」と言う。
それから数年、父はことある度に怒って何か言う。
実は俺は親に言えないことがある。
大学を中退したなんて言えない。
彼女と別れたなんて言えない。
会社を辞めたなんて言えない。
俺は久しぶりに父と酒を酌み交わす。
そして父はこう言った。
「おい!母さんはお前が学生の頃にバイトして。って頼んだことあったか?」
「おい!母さんは金がないから何かをやめろっていったことあったか?」
そういえば、母はある日から「彼女に会わせて」と言わなくなった。
そういえば、母はある日から「お金を入れなさい」と言わなくなった。
もしかして、母は全てお見通しだったのかなぁ。
そんなことを母の遺影の前で考える。