popoのブログ

超短編(ショートショート)

負けちゃいかん

ここは町の外れ。築40年1DKのアパート。

気付けば今日で60歳の日を迎える。

昔は、人よりいいものが食べたくて

人よりいい暮らしがしたくて

人よりいい女を抱きたくて

俺はムチャばかりしていた。

それこそ20代のころは、サラリーマンしながら夜も働いた。

そして人より収入を増やした。

30代になると、出世して役職もらって給料も増えた。

そんな30代終わり、不景気から会社が倒産した。

この時、俺の何かが変わった。

この時も俺の心底にあるのは

人よりも。人よりも。と周りとばかり比べてた。

職がない。金がない。そんな俺は人より劣る。

そんな俺がイチから始められるわけもなく、

どんどん正しい道を外れていく。

多少悪いことしても金が欲しい。

そう思い始めて数か月、

悪いことしてでも金を手にするんだ!と強い意志に変わっていた。

そして行き着いた先は・・・刑務所だ。

そこには最低限の人権しかない。

話をするにも許しがいる。もちろん許しが下りなきゃ会話はできない。

TVを観る時間も決まっている。当然インターネットなんてない。

お腹が空いたからと食べることはできない。決まった時間に、決まった量だ。

生な女なんて何年も見ることがない。せいぜい雑誌の写真だけ。

風呂も週に2回か3回。しかも10分程度のものだ。

みるみる体重は減っていき、どんどん孤独を感じていく。

耐えに耐えた数年間だった。

たった一品、食事を取るありがたみ。

たった一言、あいさつ出来るありがたみ。

たった一息、外の空気をすうありがたみ。

いったい今まで、どれだけ贅沢だったのか。

俺は、たくさんのありがたみ、感謝を知った。

 

俺は今日60歳の誕生日を、たった一人だがこの部屋で

酒とケーキで祝ってる。

充分すぎる幸せだ。

 

いいか若者。老いぼれからの小言だと思って聞いてくれ。

生きていれば、たくさんの誘惑はある。

それでも。それでも・・・・。

「負けちゃいかん。」