太陽がゆっくり沈み始めた午後の駅舎。
母と並んで列車を待つ。
母はどこか懐かしげな表情で、改札口を見つめている。
「ねえ、覚えてる?昔乗った食堂車?」
母の言葉に、幼い頃の記憶が蘇る。
豪華な内装、白いテーブルクロス、
そしてきらきら光る食器。
初めて見た食堂車は、まるで別世界の空間のようだった。
「覚えてるよ。オムライス美味しかったよね。」
「そうだったかしら?もうすっかり忘れてしまったわ。」
母は照れ笑いをする。しかし、その目はどこか寂しげだ。
列車が入線してきた。
母はそっと私の手を握りしめ、車内へと向かう。
指定された席に座ると、母は早速メニューを手に取る。
「何を食べようかしら?昔はビーフシチューをよく食べていたわ。」
「じゃあ、私もビーフシチューにする。」
注文を終えると、母は窓の外を眺める。
景色は少しずつ変わっていくが、母の視線は一点を見つめている。
「ねえ、お母さん。」
「どうしたの?」
「もう歳だから、もう食堂車に乗れないって、思ってた?」
母は驚いたように私を見つめる。
「どうしてそんなこと言うの?」
「だって、最近ずっと寂しそうだったから。」
母は静かに笑う。
「そうかしら?でも、あなたと一緒なら、どんな旅も楽しいわ。」
その言葉に、胸が熱くなる。
母にとって、食堂車に乗ること以上に大切なのは、
私と一緒に過ごす時間だったのだ。
列車はガタゴトと音を立てながら、進んでいく。
少し暗くなった車窓には、街灯の灯りが灯り始める。
「ねえ、お母さん。」
「どうしたの?」
「また食堂車に乗ろうね。」
「そうね。長生きしなきゃね。」
「そうだよ。約束だよ。」
母は優しく微笑む。
その笑顔は、かつて私が幼い頃に見かけた、
あの無邪気な笑顔と重なる。
列車は、母と私の夢を乗せて、
今日も夜空へと走り続けていく。