あの暖簾をくぐると、懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
厨房から聞こえる鉄板の上で肉が踊る音、
そして、どこか懐かしい笑い声。
子供の頃、家族でよく訪れた焼肉屋だ。
韓国人の夫婦は、片言の日本語でいつも笑顔を絶やさなかった。
特に、おかみさんは私のことを可愛がってくれ、
暑い夏の日には、いつも大きなパッピンスを作ってくれた。
私の祖父は、焼けた肉を箸で細かく切ってくれ、
私が食べやすいように気を配ってくれた。
しかし、祖父母が他界し、
家族で外食をする機会は減っていった。
いつしか、この焼肉屋に来ることもなくなってしまった。
大人になった今、ふと思い出したのは、
おばあちゃんの優しい笑顔と、
祖父が焼いてくれた肉の柔らかさだった。
あの味をもう一度食べたい、そして、
お店の人のことをもう一度思い出したい。
そんな気持ちに駆られ、私は久しぶりにこの店を訪れた。
店内に入ると、そこには変わらぬ風景が広がっていた。
テーブルの上には、昔と同じように焼く肉プレートが置かれ、
壁には家族写真の集合写真が飾られていた。
「いらっしゃいませ」
厨房から出てきたのは、
あの日と同じように笑顔のおかみさんだった。
「おかあさん、覚えていますか?」
そう尋ねると、おかみさんはしばらく私の顔を見つめ、
そして大きな声で笑った。
「もちろん覚えているよ!大きくなったね!」
おかみさんは私の頭を優しく撫でた。
その温もりに、私は子供の頃に戻ったような気がした。
「おお!ひさしぶりだね!」
厨房の奥からは、店主さんの声が聞こえた。
「おひさしぶりです!」
私は大きな声で答える。
「あの、おじいちゃんとよく食べていたお肉は、まだありますか?」
「あるよ。あるよ。」
私はひとりで懐かしみながら食事を堪能する。
そして、食事を終えようとしたとき、
「はい。これ。」と笑顔で
おかみさんが持ってきてくれたのは、
大きな器に入ったパッピンスだった。
一口食べると、甘くて冷たい味が口の中に広がり、
子供の頃の記憶が蘇った。
おかみさんは満足そうに笑っていた。
お会計を済ますと、おかみさんは私に一枚の写真を見せた。
それは、私が子供の頃、この店で撮った家族写真だった。
「この写真、ずっと大事にしているのよ」
おかみさんはそう言って、私の手を握った。
その日、私はただ美味しい焼肉を食べただけでなく、
大切な思い出と再会することができた。
そして、家族の絆の大切さを改めて感じた。
店を出るとき、おかみさんと店主は私にこう言った。
「また来てね」
その言葉に、私は大きく頷いた。
あの日以来、私は時々この店を訪れるようになった。
そこには、いつも変わらない笑顔のふたりがいて、
美味しい焼肉と温かい思い出が待っている。
この店は、私にとってただのお店ではなく、
家族の絆を感じられる大切な場所になった。