ある日、俺が自宅に帰ると、玄関に立っていたのは亡くなった母だった。
俺は驚き、恐怖に襲われた。そのとき母は笑顔だった。
母は以前のように平然と振る舞い、俺に話しかける。
俺は怖かったが、何が起きているのか、不思議な気持ちでいっぱいだった。
母は何度も同じ言葉を繰り返すが、小声で上手く聞き取れない。
しかし何度か繰り返すうちに、やっと聞き取ることが出来た。
「明日、お医者さんに行く約束をしたでしょう?」
母と目が合い、母は微笑んだ。
俺は恐怖と混乱で不安に襲われた。
当時、別々に暮らしていた母は「胸が痛い」と言って、
電話をかけてきた。
「わかった。明日迎えに行くから一緒に病院に行こう」
これが俺と母との最期の会話だった。
「ねえ。明日、お医者さんに行く約束をしたでしょう?」
俺は全身に寒気が走り、逃げ出した。
雨の中、俺はどれほど走ったのだろう。
無我夢中で駆けた俺は公園のベンチに腰を下ろした。
(なぜ?どうして?なんなんだ)
その時だった。俺の肩に手がかかる。
「ねえ。明日、お医者さんに行く約束をしたでしょう?」
「ごめん!ごめんなさい!」
俺は泣いて叫んだ。
そう。俺は約束の日、面倒くさくなり、約束を破った。
そして数日後に実家に行くと、母が倒れていたのだった。
「ごめん。ごめんよ。お母さん。許して。」
母は笑ってこう答えた。
「約束したでしょう?」