popoのブログ

超短編(ショートショート)

老いらくの恋

小さな町に住むとしぞう。

彼は妻に先立たれ子供にも恵まれず

ひそやかに暮らしていた。

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴り、ゆっくりと向かう。

「はいはい。どなた?」

「隣に越してきたものです。」

ガラガラ

「ほう。」

彼女をみた彼の第一声だった。

「どうも。この歳になって引っ越してきました。

 ひとり身ですが、よろしくお願いしますね。」

「あ。ああ。こちらこそ。」

「これ。つまらないものですが。」

「こりゃあどうも。気を使わせまして。

 ところでお名前は?」

「あら。失礼。安田です。」

「ああ。あの。下のお名前は。」

彼女は少し戸惑いながら答えた。

「たみこです。よろしくお願いします。」

「ああ。わしはとしぞう言うんです。

 よろしくお願いします。」

その日から彼は玄関前の掃除に精を出した。

彼女が出かける際に、「どうも。」「こんにちは。」

と声をかけるのが日々の楽しみで仕方なかった。

数か月が経った頃。ピンポーン。

「これ。いただきものだけど。」

彼女はそういって饅頭を持ってきた。

「お茶でもしていかんかね?」

彼は、年甲斐もなく胸打つ鼓動は激しかった。

「じゃあ少しお邪魔しようかしら」

そこから始まった80代の恋。

彼女は今日も、としぞうの家のキッチンに立つ。

「人生捨てたもんじゃないなあ。」

「あら。なにか言った?」

「いやあ。何でもない。そうだ。

 今度、北海道にでも行こうかあ。」

「あら。いいわね。」

彼女は、そう言って微笑んだ。